久里浜エリアの三浦一族ゆかりの地


2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも活躍している三浦一族。
久里浜にも三浦一族ゆかりの場所がたくさんありますのでご紹介します。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第6話の「紀行」のコーナーでは、源頼朝らが房総半島を目指して東京湾を横断したというエピソードで、久里浜港から出航していく東京湾フェリーが使われていましたが、久里浜は三浦一族の水軍の拠点でもありました。
(注:頼朝たちは真鶴から房総半島に向かったため、久里浜から船出したわけではありません)



久里浜海岸・久里浜港

みなとオアシス ペリー久里浜(久里浜港)
1180年(治承4年)、源頼朝による平家討伐の挙兵に呼応して三浦一族も兵を挙げましたが、大雨による川の増水のため頼朝らの待つ伊豆方面には向かうことができませんでした。
三浦半島に引き返した三浦一族は、逆に、衣笠城で平家方に包囲されてしまいます。(衣笠城合戦)
時の三浦一族の棟梁・三浦大介義明の気転によって、義明の子・義澄らは衣笠城を脱出することができましたが、義明は討ち死にしてしまいます。

生き残った三浦義澄や和田義盛たち三浦一族は頼朝らと合流するために舟を出しますが、その場所が久里浜の海岸でした。
当時の久里浜は、平作川の下流が湿地帯になっていて、入り江が衣笠の近くまで入り込んでいました。このような地形を利用して、現在の京急久里浜工場近くの丘の上に、三浦一族は怒田城という水軍の出城を築いていて、ここを拠点に久里浜から房総半島に旅立って行きました。

偶然にも、三浦一族は、現在の東京湾フェリーとほとんど同じルートをたどったということになります。




住吉神社

住吉神社[すみよしじんじゃ]
久里浜海岸の近くに鎮座している住吉神社は、以前は栗浜大明神と呼ばれ、約1,000年前の創建とされる由緒ある神社です。
衣笠城合戦の際には、ここで三浦一族が戦勝祈願をしました。

房総半島で合流した三浦一族の協力もあって、鎌倉を拠点に勢力を拡大していった源頼朝は、1182年(寿永元年)、源頼家誕生を祝い栗浜大明神(住吉神社)に神馬を奉納しました。
また、1185年(元歴2年)には、源頼朝が妻・北条政子と参拝したという記録が残っています。




佐原城址

佐原城址
佐原城は、衣笠を拠点としていた三浦氏の第4代目・三浦大介義明の末子、佐原十郎義連の居城でした。
自然の地形を上手に利用して築城されており、怒田城とともに衣笠城の当面を固めていました。

城主の佐原十郎義連は、弓箭(きゅうせん)練達の士として知られていて、源頼朝の寝所の護衛や、源平合戦では源義経に従い、一ノ谷の戦い(1183)の「鵯(ひよどり)越の逆落とし」で真っ先に駆け下りた武勇が「平家物語」に描かれています。

鎌倉時代中期に三浦一族は北条氏によって滅ぼされてしまいますが、婚姻関係があったため北条氏側に味方した佐原氏の一族は生き残り、後に佐原十郎義連の子孫が三浦氏(相模三浦氏)を再興することになります。




満願寺

満願寺[まんがんじ]
満願寺は、佐原十郎義連が建立した寺院で、佐原十郎義連の墓と伝わる五輪塔があります。

本尊の木造観音菩薩像と地蔵菩薩像は、運慶工房の作と考えられています。高さ200cm以上あり、鎌倉時代初期に造立したといわれていて、国の重要文化財に指定されています。